「メヱルストロウム」(ポー)

圧巻!パニック映画の臨場感

「メヱルストロウム」
(ポー/渡辺啓助訳)(「ポー傑作集」)
 中公文庫

「ポー傑作集」中公文庫

「大渦巻への落下」(ポー/巽孝之訳)
(「大渦巻への落下・灯台」)新潮文庫

「大渦巻への落下・灯台」新潮文庫

死にも増る恐怖の六時間の為に
私の軀も、精神も
すつかり壊れてしまひました。
あなたは私を大変年寄と
思ふでせうが、
実際はさうではないのです。
漆黒の髪を白髪にし、
手足を曲げ、
神経を狂はせるのに、
一日とかかりませんでした…。

わずか6時間あまりのうちに、
髪は白くなり、手足は曲がり、
精神の変調が見られ、
一気に年取ったようになる。
そのような恐怖体験とは
いかようなものか。
エドガー・アラン・ポーの描いた
「メヱルストロウム」の一節です。
語り手「私」は、
年老いた(ように見える)漁師に
導かれて到着した、
ノルウェー海岸近くの
ヘルゲッセン山頂上で、
その恐怖の体験を
聞くことになるのです。

本作品の味わいどころ①
巨大な渦巻き「メヱルストロウム」

「メヱルストロウム」とは、
海に生じる巨大な渦巻きであり、
毎日一定の時間に現れるのです。
大型帆船はおろか、
鯨さえも飲み込んで粉々に
打ち砕くという恐ろしい渦巻きであり、
日本の「鳴門の渦潮」などとは
スケールがまるで異なるのです。
あまりにも危険なため、
多くの漁師は
そこに立ち入ることはないのですが、
その海域は水揚げが大きいため、
かの漁師の兄弟三人は危険を承知で、
時間を見計らいながら
そこで漁をしていたのです。
ところが、彼らの乗った船は、
「メヱルストロウム」へと
接近してしまいます。
なぜそのような事態に?

本作品の味わいどころ②
積み重なる不幸の連続

偶然の不幸が
積み重なった結果なのです。
・時計が停止、
 時間計測不能に陥るがそれに気づかず
・予測不能の嵐に遭遇
・暴風によってマストを消失
・さらなる暴風によって船は渦へと突入

悪いときには悪いことが
重なるというのが世の中の常なのです。
船は「メヱルストロウム」に
完全に飲み込まれることになるのです。

本作品の味わいどころ③
圧巻!パニック映画の臨場感

どんな状態か?後半は
渦の中心に落ち行く船の実況中継、
そして漁師の心象風景が
綴られていきます。
ポーの絶妙な描写が連続し、圧巻です。
パニック映画を、
映画館の最前列かぶりつきで
見ているような臨場感を感じます。
ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
なお、1919年に描かれた
ハリー・クラークによる本作品の挿絵が
秀逸です。
その絵が読み手の想像力を
補完してくれます(残念ながら
本書2冊には収録されていません)。

Maelstrom-Clarke

それにしても、ポーの作品は多彩です。
「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」などの
デュパン3作品は探偵小説です。
「黄金虫」もミステリの範疇に
分類されることが多いのですが、
冒険小説ともいえます。
「ウィリアム・ウィルスン」
「赤き死の仮面」「黒猫」などは
ホラーであり、
さらに本作品にいたってはSFです。

ポー自身には、というよりも
ポーの時代には、
そうしたジャンル分けの概念が
なかったのかも知れません。
エンターテインメントとしての文学の
黎明期であり、
ポーをはじめとする作家たちが、
いろいろな作品の形態を
模索していたのでしょう。

ポーの場合、現在いろいろな翻訳が
出版されています。
私はこの渡辺温・啓助兄弟訳による
中公文庫刊の作品集が大好きです。
歴史的仮名遣い(決して
読みにくくはない)がなんともいえない
雰囲気を醸し出しています。
また、これらは当時、
江戸川乱歩名義で
雑誌掲載された経緯があり、
渡辺兄弟は乱歩の文体を
真似たのではないかと思われる部分も
見つかります。
新訳ブームですが、
渡辺訳は魅力ある旧訳といえます。
ぜひご賞味ください。

〔「ポー傑作集」〕
黄金虫 渡辺温 訳
モルグ街の殺人 渡辺温 訳
マリイ・ロオジェ事件の謎 渡辺温 訳
窃まれた手紙 渡辺啓助 訳
メヱルストロウム 渡辺啓助 訳
壜の中に見出された手記 渡辺温 訳
長方形の箱 渡辺温 訳
早過ぎた埋葬 渡辺啓助 訳
陥穽と振子 渡辺啓助 訳
赤き死の仮面 渡辺温 訳
黒猫譚 渡辺啓助 訳
跛蛙 渡辺啓助 訳
物言ふ心臓 渡辺温 訳
アッシャア館の崩壊 渡辺啓助 訳
ウィリアム・ウィルスン 渡辺温 訳
渡辺温 江戸川乱歩
春寒 谷崎潤一郎
温と啓助と鴉 渡辺東 著

〔「大渦巻への落下・灯台」〕
大渦巻への落下
使い切った男
タール博士とフェザー教授の療法
メルツェルのチェス・プレイヤー
メロンタ・タウタ
アルンハイムの地所
灯台

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(2023.7.14)

JoeによるPixabayからの画像

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